昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひて、おこなひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。初瀬にて、前のたび、稲荷より賜ふしるしの杉とて、投げいでられしを、出でしままに稲荷にまうでたらましかば、かからずやあらまし。年ごろ天照御神を念じ奉れと見ゆる夢は、人の乳母して内わたりにあり、御門きさきの御かげに隠るべきさまをのみ夢ときも合はせしかども、そのことは一つかなはでやみぬ。ただ悲しげなりと見し鏡の影のみたがはぬ、あはれに心憂し。かうのみ、心に物のかなふ方なうてやみぬる人なれば、功徳もつくらずなどしてただよふ。
(西下経一校注『更級日記』岩波文庫、p. 68)
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