2009-03-30

枕草子[能因本]

例の大工の食事の話は、枕草子の能因本に含まれているもので、三巻本には存在しない段だということを以前コメントで教えていただいた。運良く、能因本を底本とする小学館の「日本古典文学全集」版『枕草子』は地元の図書館に架蔵されてました。(小学館はその後刊行された「新日本古典文学全集」では三巻本底本に切り替えられている。)

さて、最近、笠間書院から能因本を底本とした新しい枕草子が出てるのを見つけた。笠間文庫「原文&現代語訳シリーズ」松尾聰、永井和子著『枕草子[能因本]』(2008年)である。校訂者は日本古典文学全集と同じ方々で、日本古典文学全集版の「後継版」といえる。

「『三巻本』が一般化され『能因本』のテキストの入手がやや困難となっている現状を鑑み、ここに同じく能因本を底本とする『完訳 日本の古典「枕草子」一・二』を一冊とし、本書を刊行した次第である」と、日本古典文学全集での能因本収録にあたっての解説とほぼ同じ主旨のことが書かれているのがおもしろい。

日本古典文学全集にあった解説、年表、関係系図も収録されている。日本古典文学全集には絵がやたらモダンな『枕草子絵巻』も所収されていたが、これはない。「能因本には見えない、三巻本系統の章段」も入っている。

バージニア大の電子テキスト版『枕草紙』には、クレジットに Publisher として "Tokyo: Yuhodo, 1929" と書かれている。ウィキペディアの記述を信用するなら、これは「昭和四年(1929年)有朋堂刊の能因本系本文を底本とする」ものらしい。「工匠の物くふこそ」云々も入っているね。

2009-03-26

四の君の再婚

ストックが切れてしまって、一週間空いてしまった。

男君は中納言家の三の君と四の君にあてがう新しい婿を見つくろう。ちょうど筑紫(つくし)の師(そち)として太宰府に下る男性が妻に先立たれたというのを聞き、これに四の君を、ということになる。このあたりは四の君本人を蚊帳の外にして決められていく。

あれよという間に四の君との結婚が実現するが、筑紫の師はそのうち太宰府に行かなければならない。これに四の君は同行することになる。ところで四の君には十一になる娘がいる。面白の駒との子とはいえ、四の君は娘をかわいく思っている。師には先妻との間に子が幾人もいるが、そのなかに四の君が実子を連れて妻としてやってくるのはよろしくなかろうということで(四の君は継母になるわけである)、四の君は娘と別れなければならないのかと悩む。

そこで女君が出した入れ知恵が、娘を旅の心細さを慰めるために母北の方が四の君に付けたお供として同伴させるという案だった。あったまいい! とみんな感心するのだが……、そうか? 自分の娘をそれと周りに告げることもできないまま連れて行くことになる四の君は、気の毒というほかないように思う。

長々とあらすじを書いてきたけど、僕が気になったのは、それでこの三の君と四の君の離別再婚は、どういう意図で書かれてるんだろうかということだ。お話が「男君の一族が繁栄してめでたしめでたし」で終わらないことで、物語に厚みを与えるという効果は結果として出ているけど、じゃあこの後半部分はなにを描こうとして続いているのかと考えてみても、どうもぴんとこない。このあと、面白の駒と四の君は離別をほのめかす歌のやりとりをするんだけど、そこはなんだか義務的にとってつけたような感じである。源氏物語のような、男女の仲の「あはれ」を描こうとしているのかな、と一瞬思わせもするんだけど、そういうことの核心にせまるような描写には入っていかない。それで北の方がどんな憎まれ口をたたいたとかはすごくうまく書いている。なんか徹底してないんだよなあ。

第四巻にもなると、語り口は直線的牧歌的だった物語前半と比べるとずいぶん変貌していて、小説的な、各登場人物の性格がからみあって筋が進んでゆく、俗にいう「キャラが立っている」状態になってきている。それだけにこの不徹底さが気になる。「新体系」の解説にはいみじくも、「安易に男性作家であるように考えられているとしたら、確実なその証拠はどこにもないことに十分に醒めておきたいように思う (p. 409)」などと書かれているが、肝心な三の君・四の君の心理描写のところだけがすっぽり抜けているようなこの書きぶりは、やっぱり男の文章なんじゃないのかな。

2009-03-12

三の君の離縁

まず三の君について。

三の君にはもともと蔵人少将という夫がいた。蔵人少将は豪胆な性格の男で、中納言家でも彼を誇りにしていたようなのだが、やがて三の君と疎遠になっていく。といっても、そこはそんなにしんみりした話じゃなくて、ひとつには四の君が面白の駒を夫に迎えたのを知って嫌になったこと(普段馬鹿にしていた男と親戚になってしまった)、それから左大臣家の娘(男君の妹)とのいい話が出てきて、家運の傾いた中納言家よりはとそっちに鞍替えしてしまったことが原因である。だから三の君は男君の差し金で蔵人少将を奪われたようなものである。

そういうわけで蔵人少将が三の君から離れていくことは中納言家の権勢が衰えていくその一環として語られているわけだが、法華八講が終わった場面で、このふたりの離縁が決定的になるというくだりが語られる。

蔵人少将はこの場面では中納言になっている(こういうときほんとややこしい)。

三の君、中納言を、けふやけふやと思ひいで給ふに、さもあらでやみぬ。いみじう心うしと思ひいづるたましひや行きてそそのかしけん、こと果てて出で給ふに、しばし立ち止まりて、左衛門佐《さゑもんのすけ》のあるを呼び給ひて、

「などか疎くは見る。」

とのたまへば、佐、

「などてかむつましからん。」

といらふれば、

「むかしは忘れたるか。いかにぞ。おはすや。」

とのたまへば、

「たれ。」

と聞こゆれば、

「たれをかわれは聞こえん。三の君と聞こえしよ。」

とのたまへば、

「知らず。侍りやすらん。」

といらふれば、

「かく聞こえよ。
  いにしへにたがはぬ君が宿見れば恋しき事も変らざりけり
とぞ。世の中は。」

と言ひていで給へば、佐、返りことをだに聞かんとおぼせかしと、なごりなくもある御心かな、と見る。入りて、

「かうかうの給ひていで給ひぬ。」

と語れば、三の君、しばし立ち止まり給へかし、中々何しにおとづれ給ひつらんと、いと心うしと思ひて、返事言ふべきにしあらねばさてやみぬ。

(新日本古典文学大系18『落窪物語 住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 227-229、一部表記を改める。)

拙訳。

三の君は中納言のことを「あるいは今日はいらっしゃるかも」とたびたび思い出すのだったが、それが現実になることはなかった。つらく思う魂がさまよい出でて中納言をそそのかしでもしたのだろうか、八講が終わり退出するところに左衛門佐がいるのを見つけた中納言は、声をかけてみる気を起こした。

「おい、そんな赤の他人のような目で見なくてもいいだろう」

そう言うと左衛門佐は、

「ほかにどんな目で見ろというんです」

とつっぱねる。

「昔を忘れたのか。どうだ、達者でいらっしゃるか?」

「誰がです」

「誰って決まっているだろう、三の君と申したお方よ」

「どうでしょうね、あるいはそうかもしれませんね」

「こう申し上げよ。
  いにしへにたがはぬ君が宿見れば恋しき事も変らざりけり」

そう言って、中納言は「世の中は」とうそぶきながら去っていった。左衛門佐は中納言の未練のなさに、返事を聞く気くらい見せたらどうかと思うのだった。帰ってそのことを伝えると、三の君は、いらしてくれたらよかったのに、そうしないのなら、どうしてなまじ声などおかけになったのかと、ふさがる思いがして返事をすることもできなかった。

左衛門佐というのは女君の父中納言家の三男つまり三の君の弟である(物語の始めの頃はまだ子供だった)。だから姉を見捨てたこの中納言(蔵人少将)を快く思っていない。それでこういう緊張したやりとりになっている。三の君との歌のやりとりとかにしないところが小説的でうまいと思う。

中納言の去り際のせりふ、「世の中は」というのは注によれば古今集・雑下「世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる」(詠み人知らず)による。三の君の宿も恋しいことは恋しいが、俺は俺が行くところを宿にしていくんだからね、というわけで、なんの未練もないことがわかる。新大系ではこの場面に「以上の場面は中納言と三の君との関係が離婚状態から離婚の確認へ進み、完全に切れたことを示す」とわざわざ注を付けている。

いい場面なんだけど、全般的にあっけらかんとした落窪物語全体からすると、なんだかここだけしんみりしていてちょっと異質である。

2009-03-09

持ち運びやすさ

源氏物語を読むために新大系のを買ったんだけど、わかってはいたもののこれけっこうかさばる。

今まで古文を読むのにはほとんど岩波文庫を使ってて(訳文がなくて薄いところがいい)、それと小学館の『ポケットプログレッシブ全訳古語例解辞典』を持ち歩いて、出先でちょくちょく開いては覚え書きをその都度文庫本に書き込むというやり方でやってきた。このやり方に馴染んでしまったので、大きい版の本だとちょっと勝手が違って困ってしまう。

落窪物語は新大系で読んだけど、これは家だけで読み進めた珍しい部類に入る(その間も「お出かけ用」に『土佐日記』の文庫本を読んだりしてた)。図書館で借りた本だというのもあるけど。源氏はどうしよう。家だけだとなかなか進まないからなあ。

やっぱり岩波文庫にするかとも思ったんだけど、岩波文庫のは底本が(今となっては)あんまりよくなさそうだったし、なにより注がない。さすがにそれは無理なので却下。角川文庫のが青表紙本系で、文庫ならこれかなと思い、一冊買ってしばらく持ち歩いてみた。そんなわけで「桐壺」は角川文庫と新大系とをちゃんぽんで読み進んでいた。

結果、そんなに悪くないんだけど、角川文庫のは字が小さくて詰め込み気味なので、書き込みの余白があんまりないのがやりにくい。それと句読点の打ち方が、新大系の方が適切に打ってあるような「気がする」。スペースの都合や発行年から、注も新大系のほうが詳しい。かたや角川文庫のメリットは、持ち運ぶのに便利だというくらいだ。

新大系を物語の巻ごとにコピーして持ち歩くのも考えた(し、実際にふたつほどやってみた)が、全巻やったらいくらかかるんだと思うとちょっとおそろしい。あ、前にページ数数えたことあったんだった。あとでここにも載せよう。合計 2,134 ページある。見開きでコピーして、一枚 10 円なら 10,670 円か……意外とたいしたことないな。手間さえ惜しまなければこれでもいいかな。もう新大系そのまま持ち歩いてもいいかとも思い始めてるけど。

2009-03-05

三条殿での父娘対面

中納言家は、もとは女君の母親の家の所有であった三条殿を改築してそこへ引越すことにする。女君がいなくなってしまった今その領有権は父中納言にあると考えての行動だったが、じつは女君はその土地の領有権を示す「券」をちゃんと大事に持っていた。男君はこれを利用して中納言家の引越の直前に三条殿を乗っ取ってしまうという仕返しを思いつく。これが中納言家への復讐のクライマックスである。

中納言家から侍女たちを引き抜いたり、新しい三条殿で中納言家方が引越の準備をしているところに男君の家司(けいし。「権門家の家務を取り仕切る職員」p.188)たちが現れて「ここは雑色の控えの間とする」とか勝手に決め出し、中納言家方の男たちがあっけにとられたりする場面などが見どころなんだけど、もういちいち引用はしないよ。なりゆきでそうしちゃったけど、ここは古典のあらすじをダイジェストで紹介みたいな便利ブログじゃないんだ。引用するのは僕がおもしろいと思ったとこだけ! あとは自分で読め!

いろいろあった末、その三条殿に中納言らを呼び寄せ、男君は事情をすべて明らかにする。自分の妻はかつての「おちくぼの君」であること、北の方をこらしめるために今までそれを伏せていたことなどを語る。父中納言は女君とその子供たちに対面もする (p. 210)。その後、北の方も女君と対面することになるが、力関係が逆転してしまったその再会の場面は滑稽である (p. 222)。男君のほうはいまや大納言なのだ。

さて父娘が再会してめでたしめでたしで終わるかというと、そうではない。あれだけ中納言家にひどい目を見せてきて、「じつはあなたの娘だったんです」と明かしただけで終わっちゃったらただのドッキリだ。男君がかねて言っていた通り、仕返しのあとはそれを上回る孝行で父中納言に報いるのである。年老いた中納言への最大の孝行として男君・女君のふたりが考えたのは、法華八講であった (p. 220)。

もちろん、法華八講を開催できるということ自体が、現在の男君の権勢の大きさを示してもいる。

これでようやくめでたしというところなのだが、じつはまだいくつかのエピソードが残されている。それは中納言家三の君・四の君の後日譚である。

ああもう、そういうんじゃないと言っておきながら今日は結局あらすじで終わってしまった。

2009-03-02

このように出来上った物語世界の固定したイメージを与えることにより情景描写をしていて、現実と自分の世界とを対話させ、そこから表現を作ることをしていない。つまり自然に対する描写というよりは、物語の情景描写は、「かくあるべきだ」という物語自身の表現様式の上に立って情景を描写しているわけである。要するに物語が物語自身を対象とするようになったわけで、この物語至上主義とでもいうべき考え方によって、狭衣物語の作者は、「あはれ」の世界の中で、その最高の美を「心探し」という言葉によって物語の中で追求して行ったのである。こうして「女房による女房の文学」は自己確認の表現として、自分の中からその心の深さを見出したわけである。しかし、そうした物語至上主義は自然と自己との対話によって生まれた源氏物語とは異り、その基盤は弱く、多くは類型化し、崩壊して行く。つまり狭衣物語は源氏物語の生んだ世界を確認すると同時に、物語と作者の主体とを自己目的化することによって、物語の滅亡の端緒を開いているのである。物語の崩壊については、主としてその類型化という地点において、『物語文学史論』に述べておいたので、出来たら参照して欲しい。

(三谷栄一『物語文学の世界 増補版』有精堂出版、1978年)