2009年1月15日木曜日

典薬のぬし、くすしなり

ここもうまい。

おちくぼの君が男君を通わせていることは、北の方に知られてしまう。憤った北の方は、おちくぼの君を離れの部屋からさらに狭くて薄汚い小部屋へと移して閉じ込めてしまう。さらに、典薬助(てんやくのすけ)という色好みの老人を焚きつけ、おちくぼの君を手籠めにさせてしまうよう計画する。

閉じ込められたおちくぼの君は、あこきを通じて北の方の陰謀を知る。いよいよ典薬助が忍び寄ろうというその夜、目を覚ました北の方はおちくぼの君の部屋を覗きに行く。身の上を嘆いてしくしくと泣くおちくぼの君に北の方が言葉をかける。

北の方、かの典薬助の事により起きまして、部屋の戸引きあけて見たまふに、うつぶし臥していみじく泣く。いといたく病む。
「などかくはのたまふぞ」
と言へば、
「胸のいたく侍れば。」
と息の下に言ふ。
「あないとほし。ものの罪かとも。典薬のぬし、くすしなり。かい探らせたまへ。」
と言ふに、たぐいなくにくし。
「何か。風にこそ侍らめ。くすし要るべき心ちし侍らず。」
と言へば、
「さりとも胸はいとおそろしきものを。」

(新日本古典文学大系18『落窪物語 住吉物語』pp. 101-102、一部表記を改める。)

拙訳。

「どうしてそんなに泣いておる」
「胸が痛いのでございます」
おちくぼの君が答えると、
「それはお気の毒。あるいはこれはなにかの罰かも……。典薬助は薬師であるぞ。その体、触ってみてもらいなされ」
北の方の意地悪なことはこの上ない。おちくぼの君が、
「大丈夫でございます。風邪でございましょう。薬師の要るほどではございません」
と言うと、北の方、
「とはいえ、胸の病はなんともおそろしいもの」

北の方はもちろんおちくぼの君がこのあとどうなる運命かを知っている。そしておちくぼの君も、あこきを通じて事情を聞いていて、それが他ならぬ北の方によって仕組まれているということを知っている。そのうえでこの会話が交わされている。この緊張感。北の方の言葉は原文のほうがアヤしくていいね。

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