2009年2月2日月曜日

第二には、つねに実証的に、実例に即して考察することを重んじる。実例に即すとは、つねに上代、平安から鎌倉に及ぶそれぞれの時代の具体的な例、場合によっては現代に及ぶ実例を検討し、それによって考察を進めることである。こうした実例を重んじる研究の方法は、言語の史的研究においては何も係助詞の研究に限ることではないが、ことに係り結びの研究ではそれが必要である。なぜなら、係り結びという事象は、奈良時代においては極めて顕著であるが、平安時代になると少しずつではあるが変化が進行し、室町時代になるとハなど一部を除いては古典語が持っていた体系としては全体として消滅した。したがってそのような時代的変化の顕著な現象を対象として行う研究は、最も古い時代の状態、次の時代の状態、さらに次の時代の状態という具合に、変化の跡を忠実に追っていかなくてはならない。係り結びということの本質的部分を明確にするためには、ことに最古の時代の状態を明確に把握することが是非必要である。それには、万葉集や続日本紀宣命などの用例を精しく見て、それに対して綿密な考察を加えなければならない。私は本書においてそれに最も力を注いだ。

奈良時代の例を精査せずに平安時代の用例だけを材料としてコソやナムやヤの本質に関して推論し、判断を下すならば、コソの用法が奈良時代と平安時代との間で大きな差異を生じたことが分からないだろう。奈良時代の例を見ずに、平安時代の例を見ただけでは到底コソの本質的な用法を把握することはできない。またもっぱら源氏物語の用例を中心にして係助詞ナムやヤを研究して、続日本紀宣命や万葉集の用法との比較対象を加えないならば、係り結びの本質を把握することは困難だろう。なぜなら係助詞は、平安時代にすでに用法上も曖昧なものが増加していて、口語の世界では鎌倉時代以後になると性質が希薄になり、その用例も減る。その頃の例についてはさまざまな解釈が可能になることが少なくない。だから、平安時代以後の限られた実例だけに目を向けて係助詞全体の本質を論じるならば、誤った結論に至ることを、本書は示すだろう。

極端な例ではあるが、係助詞ハの役割を考えるにあたっても、古典の文例を分析せず現代語ばかりを対象として考察していたのでは、その本質を把握するのは難しい。なぜなら現代語ではハとガとが構文上対立的な役割を演じているが、古典語にはハと並ぶ助詞モと助詞ゼロの形式とがあった。

  梅は 咲きにけり(千載四六八)
  花も 咲きにけり(詞花四〇二)
  花  咲きにけり(古今二一八)

このようなハとモと助詞ゼロとの三つがそれぞれ文構成上どんな役割を果たしているかを深く考えてはじめて、係助詞の中にハとモとがある意味が理解される。これら三つについて深い考慮を加えずに、日本語の文の構成法あるいは係り結びの本質をとらえようとしてもそれは難しいことである。

(大野晋『係り結びの研究』岩波書店、1993年、pp. 14-17)

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