この話は別の所でしたことがあるんだけど、ここに書くのは初めてなので最初から書こう。
『日本料理の歴史』という本に、枕草子にある話としてこんなことが書いてある。
清少納言の『枕草子』に大工たちの食事を描写したところがある。彼らは食べ物が運ばれてくるのを今や遅しと待ちうけていて、汁物がくると、みな飲んでしまい、空になった土器を置いてしまう。次におかずがくると、これもみな食べてしまってもうご飯はいらないのかと思っていると、ご飯もあとからくるとまたすぐなくなってしまった、といって「いとあやしけれ」というわけである。汁と飯、お菜と飯とを交互に食べていくのが今も続く和食の食べ方だが、お腹のすいた大工には、そんな作法は関係なかったようである。
『枕草子』の記事では、大工の食事がどの時間のものであったかわからない。
熊倉功夫『日本料理の歴史』吉川弘文館、2007年、pp. 40-41
ふーん、おもしろい、と思うでしょ。自分もそう思った。だけどこの本を読んでいたときは、まだ枕草子は途中だったから、あとでこういう話が出てくるんだな、と思うくらいで読み流した。
ところが読み終わってみると、こんな話、枕草子のどこにもなかったのだ。これはいったいどうしたことか。活字になっている本に出てるならその出典か、あるいはせめて原文の引用でもあればよかったんだけど、それもない。しかたなくこれは僕の中でずっと謎のままになっていて、あるいは『徒然草』か何か、別の文献からの引き間違いかとも思うようになっていた。
これが去年までの話。
しかし最近になって、『玉勝間』にこんなことが書かれているのを見つけた。
又、いはゆる菜をば、昔はあはせといへり、清少納言枕册子などに見ゆ、
本居宣長『玉勝間』岩波文庫、p. 221
この「あはせ」というのは、古語辞典には「飯にそえるもの。おかず。副食物」として載っている(旺文社『全訳古語辞典』第三版)。しかし岩波文庫版の枕草子におかずのこととして「あはせ」という語が出ていたという記憶がない。というか、おかずがどうこうとか、そういうことを書いた段があったという記憶がない。
ひょっとするとこれが『日本料理の歴史』に出ていた大工の食事の段なんだろうか。底本によって段の異同があるから、そのひとつなのかもしれない。引き続き要調査。