このように出来上った物語世界の固定したイメージを与えることにより情景描写をしていて、現実と自分の世界とを対話させ、そこから表現を作ることをしていない。つまり自然に対する描写というよりは、物語の情景描写は、「かくあるべきだ」という物語自身の表現様式の上に立って情景を描写しているわけである。要するに物語が物語自身を対象とするようになったわけで、この物語至上主義とでもいうべき考え方によって、狭衣物語の作者は、「あはれ」の世界の中で、その最高の美を「心探し」という言葉によって物語の中で追求して行ったのである。こうして「女房による女房の文学」は自己確認の表現として、自分の中からその心の深さを見出したわけである。しかし、そうした物語至上主義は自然と自己との対話によって生まれた源氏物語とは異り、その基盤は弱く、多くは類型化し、崩壊して行く。つまり狭衣物語は源氏物語の生んだ世界を確認すると同時に、物語と作者の主体とを自己目的化することによって、物語の滅亡の端緒を開いているのである。物語の崩壊については、主としてその類型化という地点において、『物語文学史論』に述べておいたので、出来たら参照して欲しい。
(三谷栄一『物語文学の世界 増補版』有精堂出版、1978年)
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