2009-12-28

ロスタイム

今年ももう終わる。年の初めに「一年間」と書いたけど、まだいくつか書いておきたいこともあるし、もう少し続けることにします。夏場や師走の今の時期のように、いろいろな理由でぜんぜん書けない期間もあって、なかなか思った通りにはいかないね。仮に週二回のペースでずっと続けられていたら、今ごろは100回を数えていたはず(もちろんそんなペースが守れるとははじめから思ってなかったけど)。なので、とりあえず100回分になるまではなにか書こうと思います。あいかわらず、ここがわからん、あれがわからん、みたいな与太話だと思うけど。

しかし古文を読むようになって二年くらいたつけど、ちょっとは読めるようになってるのかね。正月休みでどこまで読めるか。まあそれはさておき、みなさんよいお年を。

2009-12-16

『ちんちん千鳥の鳴く声は』

忙しかった。源氏物語もなかなか進まない。いまは「少女」を読んでるんだけど、読み始めてから二か月近くたつのにまだ半分くらいだ。まあまたちょっとずつ進み出したので、そのうち読み終わることであろう。途中『戦争と平和』並行して読んでたりしたし。

山口仲美『ちんちん千鳥の鳴く声は』(講談社学術文庫)という本について。最初に単行本が出たときにも話題になった本だそうだけど。鳥の鳴き声を昔の日本人はどう聞いてきたか、ひとつには擬音語として、もうひとつにはいわゆる「聞きなし」として、どう文字に写してきたかということについての研究。

僕は鳥が好きなので、そういう自然科学的なおもしろさと、言葉の研究としてのおもしろさとが相まって、なおさら楽しめた。

平安時代にすでに、ホトトギスは「死出《しで》の田長《たをさ》」という異名を持っていた。冥途の農夫のかしらで、死出の山を越えてやってきて農事を励ます鳥と信じられていたらしい。「死出の田長」という異名は、時にはホトトギスの鳴き声とも考えられたようで、『古今和歌集』にこんな歌がある。

いくばくの 田を作ればか ほととぎす 死出の田長を あさなあさな呼ぶ
(=ホトトギスは、いったいどのくらいの田を作っているからというのだろうか、「シデノタオサ」と毎朝叫んでいるよ)

「死出の田長」が、ホトトギスの鳴き声とも考えられている。  ホトトギスは、冥途からの使者だから、あの世にいる人のことも尋ねればわかるはずだ。平安時代の人は、こうも詠む。

死出の山 越えて来つらん ほととぎす 恋しき人の 上語らなん
(『拾遺和歌集』哀傷)

「死出の山を越えてきたに違いないホトトギスよ、あの恋しい人のことを語ってほしい」。毎年、夏になるとどこからともなくやって来て、激しく鳴くホトトギスは、冥途からの使者と感じられたのであろう。

(山口仲美『ちんちん千鳥の鳴く声は 日本語の歴史鳥声編』講談社学術文庫、p. 84)

田植えの歌とホトトギスというのは、前に枕草子の話で書いたことがあるが、それにはこういう背景がある、と。平安時代の例としてもうひとつ。フクロウについて。

『源氏物語』でも、フクロウの声は、不気味な「から声」をあげる鳥として登場している。

夜半《よなか》も過ぎにけんかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして、松の響き木深く聞こえて、気色ある鳥のから声に鳴きたるも、梟はこれにやとおぼゆ。(「夕顔」)

光源氏が、青春の情熱をかたむけて愛した女性は、夕顔。その夕顔が、物怪にとりつかれて、はかなく死んでしまった。光源氏は、今、その女の屍体を前に呆然としている。時刻は、夜半すぎ。あたりには、風が荒々しく吹き、鬱蒼と茂る木々がさけび、異様な鳥がしゃがれ声で鳴く。どうやら、それは、フクロウの声らしい。

フクロウは、「気色ある鳥(=ひとくせある怪しげな鳥)」であり、「から声」で鳴いている。

「から声」とは? 「老人のような低く濁ったしゃがれ声」のこと。「枯声《からごゑ》」「嗄声《からごゑ》」と書く。「うつろな声」とする説もあるが、うつろなことを意味する「空《から》」ということばは、この時代にはまだ存在していない。

(同書、p. 165)

個人的にとくに面白かったのは、平安時代ではないんだけど、ヌエ(鵺、トラツグミ)がなぜ怪物の名前になったのかというくだりと、ウトウヤスカタというへんてこな名前の鳥についてのところ。鳥や鳥が出てくる古い本の写真がたくさんあるのもよい。

ところで、僕は前までスズメというのは鳴き声が鈴みたいだからそういうのかなあ、となんとなく勝手に思い込んでいたんだけど、そうではなかった。この本にも控えめに触れられているが、大野晋と丸谷才一の対談に「雀はチュンチュンだからスズメでね」とあって(『日本語で一番大事なもの』中公文庫、p. 16)、これも鳴き声からきていたのであった。上代にはサ行の音は /ch/ に近い音だったから(森博達『日本書紀の謎を解く』中公新書など)そうなるのだろう。

2009-11-19

冷泉家 王朝の和歌守展

(11/20 追記あり。)

東京都美術館でやっている、「冷泉家 王朝の和歌守展」を観てきた。こりゃやばい、鼻血出そうだったぜ。俊成、定家、為家筆の古写本類がどっさり。正直こんなとこに置いといちゃいけないのではないか、と思わせるようなシロモノばかりが並んでいる。デフォルト重文、たまに国宝みたいな。

いちいち書いてたらうるさくなるので書かないけど(紫式部メソッド)、みんなが素通りしそうな細かいとこを挙げると、以前ここで紹介した「賀茂保憲女集」(賀茂女集)があったよ。表紙に定家のあの独特の文字ででっかく「一首無可取哥」と書いてある。後世この人物の評価を決定してしまった、定家本人からしてみればあくまで実用的なつもりで書いたこの覚え書きに「これかあ……」とつくづく見入ってしまった。

あと、源順のけったいな私家集の「雙六盤の歌」(だと思う)も必見。手元に展示品リストがあるが、どうも前期のほうが内容がおもしろいような気がする。

メジャーどころでは『明月記』の展示部分が定家の父俊成の死の場面(元久元年冬)であったのがよかった。僕は堀田善衞の『定家明月記私抄』でこの記述を知ったのだけど、父の死というのはヨーロッパの小説には時折凄まじいものが出てくるが(『チボー家の人々』とか)、これにはそれらに匹敵する迫力があるなと思っていたのだ。また、この場面は日本語の表記の歴史について考えるときにも大事なところだと思う。

俊成は九十一歳、雪が食べたいと言い、定家の家令の文義がこれを探して来る。臨終の日、十一月卅日の日記は漢文の中に、父の言葉としての和文が入ってくる、珍しいものである。すでに日本での生活の中での漢文の限界というものが明らかに見えて来ているのである。雪を口にして、
「殊令悦喜給、頻召之。其詞、めでたき物かな。猶えもいはぬ物かな。猶召之。おもしろいものかな。人々頗成恐、取隠之。」(傍点筆者)

日本の文章が漢字仮名まじりにならなければならなかった必然が、この危急の瞬間にすでにあらわになっているのである。右の文をいままでのように読み下すとすれば、
「殊に悦喜《ヨロコ》バシメ給ヒ、頻リニ之ヲ召ス。其ノ詞……猶之ヲ召ス。……人々頗ル恐レヲ成シ、之ヲ取リ隠ス」となる。

「此の天明ノ程ニ仰セラレテ云フ、しぬべくおぼゆト。此の御音ヲ聞キ、忩《イソ》ギ起キテ御傍ニ参ズ。申シテ云フ、常よりも苦シクオハシマスカト。頷カシメ給フ。申シテ云フ、さらば念仏して、極楽へまいらむと思食《オボシメ》せト。……」

齢九十一歳、老衰死ということもあるであろうが、父が、死ぬべくおぼゆ、と言い、子が、さらば念仏して極楽へまいらむとおぼしめせ、と言いきかせ、かくて父が死んで行くのである。

死ぬべくおぼゆ、と言って死んで行った人を私は他に知らない。

(堀田善衞『定家名月記私抄』ちくま学芸文庫、pp. 211-212、引用にあたり傍点は太字に置き換えた。)

そしてここで引用されている部分がまさに展示されている(展示入れ替えがあるから、23日まで)。原典には、

卅日 天晴
 ……
 ……
              …… 殊令悦喜
給頻召之其詞めでたき物かな猶えもいはぬ物かな
猶召之おもしろいものかな人々頗成恐取隠之
 ……
               …… 此天明
之程被仰云しぬへくおほゆ聞此御音
忩起参御傍申云常よりも苦御座令頷給
申云さらは念仏して極楽へまいらむと思食せ

とある(と思う――自信ないけど)から、これから行く人は確認してみよう。

余談。会場はオバサンばっかりなので注意(何が)。「思ってたのとちがうワ、帰りまショ」とか言ってるオバサンもいたらしい。「お宝」目当てだと、本ばっかりだから当てが外れるだろうな。

追記。きょう (11/20)、もう一度ゆっくり見ようと思って平日の午前中に行ってきた(ちなみにあんまり空いてなかった)。ら、展示されてたのは十一月じゃなくて十二月からだった! これは展示内容が変わったんじゃなくて、前に見たときもそうだった(俊成の葬儀についての話があったのは覚えていたので)。

要は、もともと僕の頭の中に俊成の死についての『明月記』の記述が印象にあって、たまたま展示でその年の十二月の葬儀の段が出てて「ああ、あの場面か」と認識し、図録を買って帰ったらそこにちょうど十一月のくだりが載ってたので、それで十一月の分も展示されてると思い込んだのだった。あてにしてた人がいるとは思わないけど、いたらゴメンネ。(追記ここまで)

2009-11-15

技術的な話で申し訳ないのですが……。

Windows Vista/7 上の IE7/8 でここを表示したときにおかしなフォントでレンダリングされる場合があったようだ。一年も気づかなかったとはきついな……。それとも Vista なんてだれも使ってないから大丈夫だったかな? なんと、Vista/7 の IE8 は XP の IE8 とはレンダリング結果が違う。けっきょく複数の OS、ブラウザで確認する泥臭い作業がいまだに必要なんだな……。

「vista ie7 css フォント 異常」あたりでググるといくつかこの件について出てくるが、ちょっと情報が錯綜していて、正確に現象を把握するのがむずかしい。ていうかこれあちこちで起こってると思われるんだけど、ひどくないか。

スタイルシートを修正したので今は大丈夫だと思うけど、Windows 7 の IE8 でしか確認していない。ほかの環境でおかしかったら言ってください。

2009-11-14

能

先月、宝生能楽堂の普及能という催しで、はじめて能を観てきた。能が観たい観たいと言ってたら、友人が招待券を取ってくれたのだ。ありがとう。

古文を読むようになってから、能も一度観てみたいと思ってたんだ。要は「古文でやる劇作品」なわけだから、今なら結構いけるんじゃないかと。その一方で、複数の筋から「能は寝る」という証言も聞かされていた。僕は劇でも演奏でも映画でも行けばたいてい面白いと思えちゃうので、眠ったりは今までほとんどないんだけど、「何度か観たが今まで行った公演で寝なかったものはない」とまでいう人もいたので、そこまで言われるとさすがにちょっと不安だった。

寝なかったよ。全然いけるな、これは。事前準備さえしておけば恐れることはないね。逆に、あれを事前の予習なしで行くのは自殺行為だとも思った。それではよほど慣れてない限り寝ても仕方ないと思う。このへん観に行くときの心構えがあると思うんだけど、それはもう何度か観て自分の憶測が正しいことを確認してから書こうかな。

あと、古文を読んでいる人は、能も絶対に観た方がいいと思った(ていうか常識かしら)。さかのぼって室町とか江戸初期だし、どうせ新しいんだろ? とか思うかもしれないけど、どうしてなかなか、実際に歌や台詞を聞いてみると刺激的ですよ。