2009-01-08

「遅く~する」

男君(みちより)がおちくぼの君の元へ会いに来た夜が明けて次の日。おちくぼの君の部屋である離れにはまだ男君が臥している。継母である北の方がおちくぼの君の部屋にやってくる。襖を開けようとするが開かない。あこきが開けさせないのである。

かうて、昼まで二所(ふたところ)臥い給へる程に、例はさしも覗きたまはぬ北の方、中隔ての障子をあけ給ふに、固ければ、
「これあけよ。」
とのたまふに、あこきも君もいかにせんとわび給へば、
「さはれ、あけ給へ。木丁(きちゃう)あげて臥せ給へらば、もの引きかづきて臥いたらん。」
とのたまへば、さしもこそ覗き給へとわりなけれど、遣るべき方もなければ、木丁つらにおし寄せて女君ゐ給へり。北の方、
「などおそくはあけつるぞ。」
と問ひ給へば、

(新日本古典文学大系18『落窪物語 住吉物語』岩波書店、1989年、pp. 54-55、一部表記を改めた)

ここでの北の方の「などおそくはあけつるぞ」という台詞について、「新大系」の脚注では次のように記している。

何でぐずぐずとは開けたところか。開けるのに時間がかかったのかと問う北の方らしい変な言い方。まだあこきは開けない。

(同上)

なんだかよくわからない説明だ。北の方らしい云々というのは、継母である北の方の台詞回しには聞き慣れない言葉が多くあるという。「新大系」はこれを北の方という人物におかしな言葉を使う滑稽な性格を与えようとしたとも考えられるということで、そう書いているのだ。まあそうと断言まではしてないけど。

しかし、この「遅く~する」という表現については、『古代日本語文法』(2007年)という本に次のような説明がある。

連用修飾語「遅く~」は現代語の感覚で解釈すると誤るので、注意が必要です(岡崎正継 1973)。

  • (21) 灌仏率て参りて、御導師遅く参りければ、日暮れて御方々より童べ出だし、布施などおほやけざまに変らず心々にし給へり。(源氏・藤裏葉)

(21)は、「御導師がおくれて参上したので」の意ではなく、「時間になっても参上しない」の意です。

  • (22) 大納言の遅く参り給ひければ使を以て遅き由を関白殿より度々遣はしけるに(今昔 24-33)
  • (23) 夜明けぬれば、介、朝(つとめて)遅く起きたれば、郎等粥を食はせむとてその由を告げに寄りて見れば、[介ハ]血肉(ちじし)にて死にて伏したり。(今昔 25-4)

(23)では、介は死んでいたわけで、「遅く起く」が「遅く起きた」のではなく、「起きる時間になっても起きない」の意であることがわかります。

(小田勝『古代日本語文法』おうふう、2007年、p. 137)

だから、「などおそくはあけつるぞ」というのは「どうして(いつまでたっても)開けないのだ」ということで、変な言い方でもなんでもない。

古い本だとその後の研究でわかった新しいことが反映されていないことがある。全集なんて何度も改訂するもんじゃないし。注釈も、一読してぴんとこないものは鵜呑みにしないで自分の頭で考えてみたほうがいいと思う。本居宣長も『玉勝間』でそんなようなこと言ってたぜ。

北の方が変な言い方をするキャラクターだというのも、ちょっとあやしいような気がしている。見慣れない単語が多いとしても、おそらく言葉遣いが汚いとか、そういうことなんじゃないのかな。おかしな文法でしゃべるキャラクターって、それどこのアニメだよ。

2009-01-05

落窪物語導入部

どういう物語か書かずに話を先に進めるところだった。

いまはむかし、中納言なる人の、むすめあまた持(も)給へるおはしき。大君(おほいぎみ)、中の君には婿取りして、西の対(たい)、ひんがしの対にはなばなとして住ませたてまつり給ふに、三、四の君、裳着せたてまつり給はんとて、かしづきそしたまふ。

又、ときどき通ひ給ひけるわかうどほり腹の君とて、母もなき御むすめおはす。北の方、心やいかがおはしけん、仕うまつる御(ご)たちのかずにだにおぼさす、寝殿の放出(はなちいで)の、また一間(ひとま)なる、おちくぼなる所の二間なるになん住ませ給ひける。

きんだちとも言はず、御方とはまして言はせ給ふべくもあらず。名をつけんとすれば、さすがにおとどのおぼす心あるべしとつつみ給ひて、
「おちくぼの君と言へ。」
との給へば、人々もさ言ふ。おとゞもちごよりらうたくやおぼしつかずなりにけむ、まして北の方の御ままにて、わりなきこと多かりけり。

(新日本古典文学大系18『落窪物語 住吉物語』p. 3、一部表記を改める。)

拙訳。

今は昔、姫君をたくさんお抱えの中納言殿がいらっしゃった。大君と中の君にはすでに婿を取らせ、西と東の対にはなばなと住まわせていた。三の君、四の君にもはやく裳着をさせようと、後ろ見に余念がなかった。

中納言殿にはまた、かつてときどき通っていた皇統の女が忘れ形見に残した娘君もいらっしゃった。北の方(正妻)はなにを思ってかこの娘君を屋敷の侍女たちよりもぞんざいに扱い、寝殿から延びる離れの部屋のそのまた端の、落ち窪んだところ二間ばかりを与えてそこに住まわせていた。

北の方はこの娘君を姫と呼びもせず、また娘君に自分のことをお方様と呼ばせることも許さなかった。娘君のことを呼ぶ時には、北の方も中納言殿に気を遣ってのことであろうか、
「おちくぼの君とお言いなさい」
とおっしゃるので、家の者はみなそう呼んでいた。中納言殿もこの娘君が大きくなるにつれて愛情が薄れたのか、北の方のするがままにさせておくので、娘君はいつも理不尽な目に遭わされることばかりであったという。

北の方というのはつまりは継母だ。日本版シンデレラなどといわれたりもするけど、そんな話。継母にいじめられる話というのは王朝物語のひとつの類型だったらしい、というのをどこかで読んだ気がする。まあそれは思い出したときにまた書こう。

しかし手際いい。これは冒頭なんだけど、十行程度でどういう物語がこれから始まるのか、シチュエーションを説明しきっている。始まって20分くらいでヒーローの誕生とその背景を描ききってしまう映画「スパイダーマン」みたいだ。

裳着といのうは、「女子が成人のしるしに初めて裳を着る儀式。十二、三、四歳のころ、結婚前に髪上げの儀式と同時に行った。男子の「元服」にあたる [旺文社 全訳古語辞典第三版]」ものらしい。

2009-01-03

ページのデザイン

レディメイドのウェブログのなにがいやって、幅固定・極小フォントのデフォルトデザインだ。幅固定がダサいのは言うまでもないが、字を小さくしたがるのはどういうわけなんだ。まさか字が小さいとオシャレとか思っているわけではあるまいな。

僕はカフカのように、大きな活字で読んでほしいんだ!

というわけで、テンプレートをちょっといじってみた。おかしなところがあったらご報告ください。

2009-01-02

エンターテインメントな落窪物語

いまは「落窪物語」を読んでいる(新日本古典文学大系18『落窪物語 住吉物語』)。

我ながら源氏買ったんならそれ読めよ、とも思うけど、目下古文はそれだけというのではつまんないし、源氏以前の物語を知っておくのも必要だということで。

そして面白い。

「落窪物語」では、本にして数ページごとに必ずサスペンスというか、読者(あるいは聞き手)が先を知りたくなるようなイベントが起こる。これは明らかにエンターテインメントというものを意識してそう書かれている。当時物語は読んで聞かされて消費されてたわけだけど、これなら聞いてて飽きないし、「今日はここまで」なんてやられたらみんな続きを聞きたくてうずうずしたに違いない。作者はなかなか考えてる。また、書き手のそういう「飽きさせない工夫」からは、当時物語が娯楽としていかに成熟していたかということもうかがい知ることができる。最初のページから、さっそく「もっと読みたい」と思わせられたからね。つかみがうまい。

これ現代語訳したいな。

「落窪」のひとつの特徴は、物語のヒロインおよびヒーローは中納言の娘である「女君(おちくぼの君)」と左大将の長男である「男君(みちより)」なのだけど、それぞれの世話係兼幼馴染みである「あこき」「帯刀(たちはき)」のほうがかれら以上に大活躍するというところ。帯刀はあこきのもとに通う男でもある。

みちよりが将来太政大臣にまでなるのに対して、帯刀は三河の守に出世する。主従二組のカップルにそれぞれ「身の程にふさわしい」ハッピーエンドを用意しているわけだ。このへんは、源氏と惟光の造形なんかにも影響を与えてるのかもしれない。あこきや帯刀のように、それほど身分の高くない女房や貴族たちも、物語の主要な消費者というか、「お客さん」だったんだろうと思われる。お姫様の話ばっかりでは、女房たちは感情移入できなかったろう。あこきのいじらしくもかいがいしくおちくぼの君のために奮闘する姿になら、女房たちは自身を重ねることができる。

そういうわけで、「落窪」には深い文学性は(読んでるいまのところは)ないのだが、筋は面白い。テレビドラマみたいだよ。書き手の「こうすると面白いだろ」といわんばかりの工夫が垣間見えるのも楽しい。

前口上

新年あけましておめでとう。

古文を読むようになって、古文の話ばっかりしてたらいいかげんめんどくさがられるようになったので、そういう話はここでやることにする。

期間は一年間。今年古文を読んで知ったことや疑問に思ったことなどを書いていくつもり。