2009年4月20日月曜日

「~ずなりぬ」「~てやみぬ」

今までどうも「~ずなる」には複数の使われ方があるなあ、とは薄々思っていて、出くわすとよく考えてみたりしてたんだけど、よく見たら『古代日本語文法』にちゃんと書いてあった。

「~ずなりぬ」には、「今までしていたことをしなくなった」の意と、「最初から最後までしないままになってしまった」の意とがあります。(31) は前者、(32) は後者です。

  • (31) 船の人も見えずなりぬ。(土佐)
  • (32) 楫取、「今日、風、雲の景色はなはだ悪し」と言ひて、船出さずなりぬ。(土佐)

(小田勝『古代日本語文法』おうふう、2007年、pp. 67-68)

前者は現代語の「~なくなる」と同じなんだけど、後者に該当する簡潔な表現は現代語にはない(と思う)。

簡潔な現代語にしにくい似たような表現として、「~てやみぬ」というのもある。これもなんか無理矢理落ちを付けたような文みたいで、不思議な感じがする。

  • くらうなりて、物くはせたれどくはねば、あらぬものにいひなしてやみぬる、つとめて(p. 31)
  • つれなきもいとねたきを、今宵あしともよしともさだめきりてやみなむかし。(p. 103)
  • 夜ふくるまでつけわづらひてやみにしことは、(p. 104)
  • 「則光なりや」と笑ひてやみにしことを、(松尾聰、永井和子著『枕草子[能因本]』笠間書院、2008年、p. 198)
  • 「さては、一人をうらみ給ふべきことにもあらざなるに、あやし」といへば、その後はたえてやみ給ひにけり。(p. 222)
  • つねにおぼえたる事も、また人の問ふに、きよう忘れてやみぬるをりぞ多かる。(p. 291)

(特に明記しているもの以外、池田亀鑑校訂『枕草子』岩波文庫、1962年。)

あれ、意外にも「~てやみぬ」で終止する文はないな……。本居宣長も使ってるんだけど、それの印象が強かったせいか?

こたつといふ物のうた

しはすばかり、これかれあつまりて、埋火を題にて、哥よみける日、今の世のこたつといふ物をよめと、人のいひければ、

むしぶすまなごやが下のうずみ火にあしさしのべてぬらくしよしも、とよめりければ、みな人わらひてやみぬ

(本居宣長著、村岡典嗣校訂『玉勝間』上、岩波文庫、p. 101)

ああ枕草子がやりたかったんだなあ、という感じの乙女ノリ。おふざけのくせに歌は「むしぶすまなごやが下に臥せれども妹とし寝ねば肌し寒しも」という万葉集の歌を下敷きにしているというマニアックさはさすがだ。

2 件のコメント:

  1. 「大工の食事」の件以来、お久しぶりです。

      >「~てやみぬ」で終止する文はないな

    あ、えっ、そう!? と、一瞬、思いましたが、

     …とばかり奏してやみぬ。(源氏物語・若菜上)

    ほか、「~てやみぬ。」は源氏物語に5例、他の作品にも、

     情けなくいらへてやみぬ。(伊勢物語・63)
     つつめきてやみぬ。(土佐日記)

    など、ありますね。枕草子の状況は偶然かも・・・

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  2. こんにちは! フォローありがとうございます。

    なじみがあるのでつい用例はまず枕草子から探してしまうのですが、それなりに分量があるとはいえさすがになんでも見つかるわけじゃないですね。

    それにしても、「~てやみぬ」は現代語にするなら「~して終わった」とするしかないのかな。すわりがわるいけど。

    (投稿時引用箇所の著者名を誤っておりました。失礼いたしました。)

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