2009-07-16

助動詞キの運用

小松英雄『丁寧に読む古典』に、補章として載せられている「助動詞キの運用で物語に誘い込む――物語冒頭文における助動詞キの表現効果」という一篇から。

『落窪物語』の冒頭には、最初の登場人物がつぎのように紹介されている。

今は昔、中納言なる人の、御娘あまたもち給へる、おはしき

平安時代の仮名文に多少ともなじんでいる読者なら、結びの助動詞キに、オヤ? と反応するに違いない。なぜなら、「今は昔」から予期される結びは、「おはしき」でなく「おはしけり」のはずだからである。当時の人たちは、ここにキが出てきたことに、現今の我々よりも、もっと敏感に反応したであろう。

(小松英雄『丁寧に読む古典』笠間書院、2008年、p. 274)

また、

古典文法の用語として〈過去〉は適切でない。平安時代の日本語は、現在と過去とを区別せずに文末が結ばれているので、現在か過去かの判断は文脈に委ねられているからである。ちなみに、未来表現には義務的に助動詞ムなどが添えられている。〈回想〉も使用をやめたほうがよい、言語は外へ向けた表出 (expression) であるから、内向きの回想 (recollection) を直接に表明する助動詞をもつことは原理的にありえないからである。

以上の検討から知られるように、助動詞キの機能は、それが話し手の行為、行動であったと積極的に表明すること、すなわち、事故の関与を読み手に認識させることである。「アフリカに象がたくさんいたよ」のタには、話し手の関与が表明されている。この場合のタの用法は、その点において平安時代のキの用法とほぼ同じである。現今と同様、昔の日本語も場面に即して柔軟に運用されていたことを、古典文法の専門家は忘れがちのように見える。

自分の経験を叙述するだけなら、過去の出来事であることは文脈から判断可能なので、特定の助動詞で表明する必要はない。

『落窪物語』冒頭の場合、「おはしき」という表現をとることによって、地位の高いその人物を自分は知っていたと明言していることになるから、読み手は、現実社会で実際に起こった出来事への好奇心をそそられ、話の展開に強く引き込まれることになる。

(同書、pp. 276-278)

助動詞「き」に関しての同書における既存古語辞典に対する批判は微妙なもので、要はそれが未来表現で「義務的に」現れる「む」などと違って「選択的な」助動詞であるということが明記されていないということへの不満に由来している。

総索引が整備され、電算機検索も容易になった現在では、読んだことがないどころか、表紙さえ見たこともないテクストから、文脈も確かめずに用例を剥ぎ取ることに後ろめたさを感じない風潮が蔓延し、すべての助動詞が義務的であるかのような説明がなされている。

(同書、p. 278)

まあ、実際にすべての助動詞が義務的なものとして書かれている、と「(読者から)読まれている」かというと、そんなことはないんじゃないかという気もするけど、辞書の編纂者としては厳密な態度でないといけないのかもしれない。

「アフリカに象がたくさんいたよ」という現代文での「た」との比較はおもしろいし、重要だと思った。

さて、同書のこの章では冒頭だけでなく、議論の多い『落窪物語』の結尾についても少しだが触れられている。

この物語の最後には、姫君の侍女であった「あこぎ」が現在は内侍典侍《ないしのすけ》になっているはずだとあり、「典侍は二百まで生けるとかや」と結ばれている。「あこぎ」は超人的長寿に恵まれたが、そのほかの登場人物は世を去って久しいから、現存する人物と結びつけて憶測したりしないようにと釘を刺したものであろう。冒頭のキと整合させれば、物語の書き手もまた「あこぎ」と同じだけ長寿だったという理屈になるが、そこまでは責任を持っていない。

(同書、p. 279)

2009-07-06

ここを始めて半年が経った。一年の予定なので折り返し地点だ。書いておきたいものの書けてないことがまだいくつかある。

日曜日に紀伊國屋書店をぶらぶらしてきたけど、なにも買わず。『自閉症の謎を解き明かす』の新版と、ピンカーの新刊(もう出て結構経ってたと思うけど)が気になったくらい。古文については、学習参考書のコーナーに新しい本がたくさん並んでた、が、どのみち自分は読むものがたまっているので手は出さず。

これは古文に限ったことじゃないけど、○○はこんなにおもしろい、みたいなタイトルの本ばっかり。僕は「わたしおもしろいのよ」などと自分から媚を売ってくるような本は好きじゃない。つい「だまされるものか」と身構えてしまうし、その手の本は自分のためにならないような気がする。というのは、それらは「なにがおもしろいか」を解説する本であるわけで、これがジョークの話だったら無粋もいいところの役回りじゃないか。なにがおもしろいかを発見することも含めての読書のおもしろさ、だと思うんだけど。

それに、たとえば「徒然草はおもしろい」みたいな名を冠する一群の本どもの読者層と、当の「徒然草」の読者層というのはまったく別のような気がする。僕はここを「古文はこんなにおもしろい」みたいな内容にすることもできたわけだけど、そういうのは避けた。この例でいうところの前者のような人々の興味を引いてもしょうがないと思ったからで、たとえば、いま「枕草子」を読んでいるもののなにが書いてあるかさっぱりわからん、みたいな人がいたら、そういう人がたぶん対象読者だね。僕は向き合ってくれる人よりも、同じ向きに歩いていく人を友とするのだ。

だいたい登山する人になにか書かせたら登山の記録になるのが普通じゃん。そういうこと。『玉勝間』みたいな書も、そういう態度がわかれば読めるようになる。

2009-07-02

「花ぞ昔の香に匂ひける」の「花ぞ」を、多くの注釈書が、「花は」と現代語訳しています。「花(ガ)匂ふ」にゾを挿入すると「花ぞ匂ふ」になりますが、「花は匂ふ」にゾを挿入することはありません。「匂ひける」のケルは、それが疑いのない事実であると認識したことを表わしています

ハとガの違いは日本語文法のメイントピックスのひとつなのに、それを混同してしまうのは、疎読、勘読で作り上げた筋書きに合わせて考えているからです。その筋書きとは、人間は裏切るがペットは裏切らない、などという〈~は、~は〉という形式の対比です。こんなことでは、文法的解釈という錦の御旗がボロボロです。間違いのもとは、「人はいさ、心も知らず」をひとまとめに把握してしまったことにあります。上の句と下の句とを安易に対比してしまったことも一因かもしれません。

三上章『象は鼻が長い』〔くろしお出版・1960〕は、日本語文法論のユニークな著作で、古典文法を重んじる立場をとる古語辞典の編者が知らないはずはありません。この本のタイトルの構文は、「ふるさとは花ぞ昔のかに匂ひける」とそっくりです。〈象は鼻長い〉に変えたら意味が違ってしまいます。

(小松英雄『丁寧に読む古典』笠間書院、2008年、pp. 28-29)

2009-06-22

たそたそ

男の云く、「去来《いざ》給へ。伯父父《をぢちち》の許に将《ゐて》奉らん」と。児、何心も無《なく》打□て、「母堂に告奉らん」と云へば、男、「人に不令聞《きかしめ》で、密に御《おはし》ませ」と云云。児、嬉気に思て走り行《ゆく》後ろ手の、髪のたそたそとして可笑気《をかしげ》なるを見《みる》に、かはゆく難為《しがたく》思へ共、人に憑《たのも》し気をし見えんと思へば、木石の心を発《おこ》して、馬に鞍置きて曳将《ひきゐて》来ぬ。

(巻第二十六「陸奥の国の府官大夫の介の子の語 第五」池上洵一編『今昔物語集 本朝部(下)』岩波文庫、p. 36)

古文を読んでいると、いまでは使われなくなってしまった擬音語・擬態語に出くわすこともある。走っていく子供の髪の揺れる様子をして「たそたそ」と言っているのだけど、これなんていかにもで、ああ、たしかにたそたそしてるよなあ、と思う。

2009-06-18

物語の末尾切断形式

最近、のんびりとだけど『大和物語』も読んでいる(小学館「新編日本古典文学全集」12)。いくつ並行して読んでるんだという感じだが……。

ひとつひとつの段が短くて、文の流れも自然で読みやすい。これは古文の入門にいいんじゃないのかな。どこか取り付く島のない感じの『伊勢物語』なんかよりも、ずっと教科書向きなんじゃなかろうか。教養としての重み付けからすると伊勢物語なんだろうけど。しかしいくつか古文読んできた者としての実感からすると、あれ、読みにくいよね。少なくとも、感情移入できる文ではないと思う。

さて、その大和物語を所収する小学館「新編日本古典文学全集」の解説で面白かったのは、「物語の末尾切断形式」というくだり (p. 432)。

『大和物語』の原型の最後は百六十九段と見られ、歌も含まれず、その末尾本文は「水くむ女どもあるがいふやう」と切断形式になっている。切断形式とは末尾本文が、内容的にも形式的にも完結していないものをいうのであって、余韻を持たせるための形式である。「あはれ」の内容を持った説話の集積の末尾としてはまさに生きた形式になっている。この形式は後に亜流を生んで、内容的には完結していても、形式的には完結していないかのように見せかけたもの、文章の上では内容的にも形式的にも完結していないが、その先の内容を読者が知っており、切断形式の実質的効果が上がっていないものなども出てくる。

(「大和物語」、新編日本古典文学全集12、p. 432、小学館)

作品としての物語をどう終わらせるのか、それについての当時の定石のひとつが切断形式だったのだろう。『源氏物語』の末尾はけっこう有名だと思うけど、あれがどうしてあんなふうな終わらせかたなのかと感じた人も多いと思う。結末を描く段落としては、一回転してかえって斬新さを感じさせる、すぱっとした終わりかたなんだよね。写本の系統によってその末尾が安定してないことには、この切断形式がひとつの型としては忘れられてしまったということにも一因があるのかもしれない。最近読み終えた「花宴」の末尾も切断形式をとっていたということか。

 「梓弓いるさの山にまどふ哉ほのみし月のかげや見ゆると
なにゆゑか」とおしあてにのたまふを、え忍ばぬなるべし、
  心いる方ならませば弓張りの月なき空にまよはましやは
と言ふ声、たゞそれなり。いとうれしきものから。

(「花宴」、新日本古典文学大系『源氏物語 一』、p. 284、岩波書店、一部表記を改める)

これで終わり。ここは、一度だけ会った朧月夜を探して源氏が右大臣邸をうろうろしていたところ、それとなく鎌をかけたりしてようやくその人を捜し当てた、という場面なんだけど、「いとうれしきものから」で終わっている。「いとうれしきものから」というのは「とても嬉しいけれど」というような意味だけど、思わせぶりな逆接を付けておいて、その先はない(次の巻もこれとは関係なく始まる)。

『落窪物語』の末尾についても、いろいろ詮索する一方で、そもそもこういう形式があるということを頭にとどめておく必要はあるね。