2010年7月5日月曜日

書き残された言葉と死について その一

古文というのは学ぶ側にとっては一種の語学ということになるわけだけど、ほかの多くの語学とは違い、それでほかの誰かとコミュニケートできるようになるわけではない。また一般的には、その言語で自分が新たになにかを書くということもない。英会話などと比べれば、なんとも孤独な語学だといえる。

また、読書というのもひじょうに孤独なものだ。読書会とか朗読会とかいったりするものの、本質的には、近代的な意味での読書というのはきわめて個人的で孤独な体験である。

ところが、その個人的で孤独な作業の中で、読書する人の頭の中に、生き生きと話す人物の息づかいや、雑踏の喧噪やらが鮮やかに聞こえてくることがある。それも読書の特徴である。古文で書かれた文章にあっても、それは起こりうる。死んだ言語である古文がかつて生きていたという当然の事実を再認識するのは、そういうときである。辞書や文法書をひっくり返した苦労がそれを助長するのかもしれないが、千年前の中流貴族の女性の言葉が「聞こえた」と錯覚するときがある。古文というのは死んだ言語であるから、その話者も当然この世の人ではない。すると、この錯覚がいささか怪談めいた可笑しなアイデアを呼び起こす。死んであの世で古代の人と会話する、というアイデアだ。

死んだ人とかあの世とかを本気で信じるわけではないのだが、生きた古文という矛盾したものをひねり出すには、頭の中でそういう無茶でもしないことにはうまくいかない。だけど、こういう夢想をしたのは自分だけではないんじゃないかな。

なにで読んだか忘れてしまったけど、かつて、大野晋は冗談で「僕は紫式部と当時の言葉で会話ができるんだ」とか、そんなようなことを言ったことがあったらしい。本当だとしたら、大学者の大野晋もあるいは同じようなことを考えていなかったとは言えないわけだ。本居宣長だってそうだ。『紫文要領』は、つまるところは式部が源氏物語を書いたときの意図に従って読めという趣旨だが、それは必然的に平安時代のライブな作者/読者という存在を意識することになる。彼が擬古文で各種の書物をものしたのには、ひとつには「平安時代の人間に提出して通用するものを書く」という愉快な規範意識もあったのではないだろうか、などと空想する。

空想したところで、そうだという証拠もないし、なにか有用な知見が得られるというわけでもないので、これはただ空想してそれだけのことなのだが、そんなことも考えるという話。

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