2009年11月9日月曜日

わたくしは、こどものころから、歌に限らず俳句やら川柳やらの短い定型の作品を読みますたびごとに、その横に親切に付けられている口語訳とか、現代語訳というものに、違和感を覚えておりました。子どもが違和感ということを知るはずがありませんから、それは要するにいわくいいがたい、落ち着かない感じのようなものであったのだと思います。なにか違うのではないか、と。

(上野洋三『近世宮廷の和歌訓練 「万治御点」を読む』、1999年、臨川書店、p. 3)

(略)どちらの段階を通じても、わたくしは先学の解説、先人の注釈とあちらこちらでぶつかり合いました。承伏しがたい先注に出逢うたびに、無視するか否定するかして行きます。寂しく恐ろしい気分におそわれます。それを学生の前で語り、また文章に表して行くときは、そのつど跳び降りるような気がしました。やがてその日々の中から、作者がなつかしくなりました。いまわたくしが進んでその作品のことを人に告げたいと思う、これを作った人としての作者が、その時は唯一の同行《どうぎょう》のように思われたからです。

(同書、p. 6)

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