2015年11月8日日曜日

たびしかはら

阿部弘蔵『日本奴隷史』第八章「中世期奴隷の種類」に荼毘師というものが出てくる(p. 140)。

守貞漫稿に嘉多比佐志をひきて、だびしかはらおさめみかはやうと云々、だびしは、荼毘師にて、今云隠亡なり。

枕草子や源氏物語に出てくる「たびしかはら」は「礫瓦」とされ「タビシはタビイシ(礫石)の約」(『岩波古語辞典』)などと説明されてきたが、それを見て、これは「荼毘師かはら」なのでは?と思った。タビイシは日本霊異記に例がある。タビシ単独の用例はと日国を引いたら『大日経治安三年点』(1023)に「礫石(タヒシ)と砕けたる瓦と〈略〉毒螫の類を除去す」というのがあるらしい。

そもそも「たびしかはら」礫瓦説は岡本保孝『傍廂糾謬(かたびさしきゅうびゅう)』による(新体系『源氏物語 二』p. 139)。この本は先の引用の守貞漫稿で引かれた『傍廂』の誤りを指摘するために書かれた本だそうだ。となると、『日本奴隷史』の荼毘師はこのページにしか説明がないので、まさにこの箇所も岡本によって誤りとされた箇所なのではという気がしてきた。きっとそうだな。

『傍廂糾謬』を読めれば早いんだけど。

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