2014年7月10日木曜日

Let It Go 古文訳


ここも滅多に書かなくなっているけれど、自分にとっての古文まわりの出来事の記録として一応。といっても出来事というか、思ったことの日記みたいになってしまった。あ、少しずつだけどまだまだ古文は読んでるよ。

ちょうどふた月ほど前に、『アナと雪の女王』の劇中歌、“Let It Go” の歌詞を擬古文に訳した替え歌をお遊びでツイッターで公開したところ、それが思いのほか好評でけっこう流行った(と言っていいと思う)。なんでふた月も前のを今頃書くかというと、当時忙しかったというのもあるけれど事態がひと月では収束しきれなかったほどだったからだ。

出したときは古文訳と言っているけれど、正しく言うなら擬古文ですね。経緯やその反響などは KITI さんの作ってくれたまとめをご覧くださいな(それと自分で書いた歌詞解説もあります)。

いまでこそ落ちついてられるけど、RT が爆発的に始まったときはなかなかすごかったよ。通知で iPhone のバッテリーがもたないので(あったかくなってたからね)数日間は通知を設定で黙らせなければならなかった。

それとフォロワーが——もともと少ない自分にしては——急増したのに困惑した。いや、増えてよかったろうと思うかもしれないけど、ふつうの人にとってはけっこう動揺があるんですよ。一気に増えたあとはなだらかにぽろぽろ減っていく毎日というのも慣れないことで(気にすることじゃないとわかっていても)気が滅入るし。ナイーブになって、わざと過激なことを言ってみたり、「あーもー新しく来た人全員ブロックするしか!」と自暴自棄になったりする(まあブロックはしないけど)。

あまり古文と関係のない、どちらかというとツイッターの話になってしまったけど、こういう感じたことというのはまとめには書けないことなので残しておこうかなと。悪しからず。

実際に歌ってみてくれた方がたくさん出て、古文の春が到来したと目頭が熱くなった。「古語は昔の現代語」と思っているので、「現代語のように使ってみせて」生き生きとよみがえらせたいというのはよく考えてたんですよ。それが、現代のミュージカルのメロディーにのせて古語をみんなが歌ってるんだから夢のようである。

しかしせっかく現代によみがえった古文を、「雅楽で」「民謡歌手で」とみんなが過去に戻したがるのはちょっと意外だった。そうじゃなくて、古典というのは「つねに新しいもの」なんですよう。

石敢當さんが歌ってくれたニコ動の動画には「古文が好きになった」「古文やろう」みたいな前向きのコメントもたくさん付いて嬉しかったな(歌詞を書いてくれた PIROPARU さんの書もすばらしい)。さらに恐ろしいことに、「学校の授業で見せられた」「配られた」というツイートまで出はじめた。古文を楽しく学ぶきっかけになるのは本望だけど、「授業で使うから」と前もってわかってたらもっと正確さを期するべきだった!とかしょうもない後悔をしている。

これでこの先「古文を書く」という方面にみんなが興味を持ってくれるようになったら嬉しいです。以前紹介した本で関連するのとか、現代語から古語を引く辞典とか、擬古文を楽しく書くのに使える情報を近いうち書こうかな。

……みんなに飽きられないうちにね。

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