2010年3月25日木曜日

「文献の計量分析」について

雑誌「日本語学」(明治書院)の2010年1月号の特集「源氏物語のことば」に、「文献の計量分析」(村上征勝)という記事が載っていた。これを例に、以前から感じていたことをちょっと書きたいと思います。なぜですます調かというと、これから(また)たいへん生意気なことを書くからです。

源氏物語に限らず、古文の研究では時折こうした統計的な手法が使われる。また、そうした研究に基づく成果が、さまざまな問題に対する判断材料として参照されたりもする。「読解」にもとづく古典的な研究に対して、こうした研究は数式やグラフなど使ったりしていかにも科学的に見える。しかし統計的分析は注意して扱わないと、ともすれば恣意的な結論を導くことにもなりかねないと僕は思っている。統計は、それが意味のある統計なのかどうかをよく吟味してかかる必要がある。

「文献の計量分析」では、はじめに現代日本語文の計量分析の有効性について説明されている。そのこと自体は導入として自然な話だと思う。さて、ここで有効であるということが紹介されているのは、書き手の読点の打ち方の傾向についてである。

続いて記事は古文の計量分析の話に移り、『源氏物語』の宇治十帖他作家説について検討を試みる。しかしここで分析の対象にされているのは名詞や助動詞の出現率である。それが有効な手法であるかどうかについてはこの記事では説明されてないのにだ。こういうところで、僕はこの記事に対して大きく不満がある。それなら最初の読点の打ち方の話は何だったんだと。人を信じ込ませやすくするブラフか? もちろん古文にはもとから読点がないのは知っている。それでもじゃあなんでその話をしたのかという疑問はなお残る。あとの説明を納得できるようにしたいのであれば、現代日本語文の名詞や助動詞の出現率の評価の有効性について言及するべきではないか?

記事は名詞や助動詞の出現率が評価として有効なのかどうか不安を抱えたまま話は続き、以前ここでも紹介した源氏物語の成立分類についての話になる。ここで、A, B, C, D がそれぞれ特徴的な偏りを示したという説明がなされる。これまでの学説と一致しているというわけである。だがここでも説明に物足りなさが残る。それは、その結果に意味があるのかという点である。偏り具合から個々の巻が A 系、B 系のどこに属するのかを判定できるということを意味しているのか、というもっともな疑問に対する答は書かれていない。

たとえば、無作為に分類した4つのグループでは絶対にこうした偏りは現れないのだろうか。そういうことが書かれていないのでその結果の価値がわからない。もし無作為では現れないというのであればなるほどそれは「これまでの定説は否定できない」という結論にはなるだろう。しかしそれだけではあまり意味がないのも確かだ。

さらに、たとえば B 系は、「2. 帚木」「3. 空蝉」「4. 夕顔」「6. 末摘花」「15. 蓬生」「16. 関屋」「22. 玉鬘」「23. 初音」「24. 胡蝶」「25. 螢」「26. 常夏」「27. 篝火」「28. 野分」「29. 行幸」「30. 藤袴」「31. 真木柱」からなるが、仮に「2. 帚木」以外の15帖から偏りを算出した時に、その偏りをもとに「帚木」の巻を評価すると、はたして「帚木」はそのグループの巻であるという判定ができるのか、ということについても説明がほしい。こうしたテストは交差検定といって、これを「帚木」に限らず B 系のすべての巻について行なっていくわけである。それが有効に機能したということになれば、はっきり言って源氏物語の成立問題は解決してしまうはずだから、まあそうなっていないのだろうとは思うけど。

こうしたことの説明がないので、結局この記事は「統計的手法をもって源氏成立論の定説の正当性を補強した」ものなのか「源氏成立論の定説をもって統計的手法の正当性を補強した」ものなのかよくわからないという印象を受ける。

まだある。ここで成立論の分類に使われた巻の構成そのものについて。別人の作による可能性が高いという「匂宮」「紅梅」「竹河」の3帖を C 系に入れて集計したのはなぜなのか。さらに慎重を期すなら成立時期に議論のある「桐壺」を A 系に入れて集計したのはどうなのか。

以上のことから、これだけ科学的に書かれているように見えながら、「有効性が説明されてない」「結果の意味するところが説明されてない」「統計を行なった過程に疑問が残る」という理由から、僕にはこの記事の内容を評価することができない。これは僕が馬鹿だからなのか? それは否定しないけど。

統計的手法のそのものを否定するつもりはまったくないですよ。たとえば森博達の『日本書紀の謎を解く』『古代の音韻と日本書紀の成立』で挙げられている諸データはまさに真実を浮かび上がらせるもので、統計以外の方法では明らかにならなかった成果だと思う。僕はこれらのデータが正しいかどうかは確認できないけど、「データが正しければ、それについての考察も正しいであろう」ということは読んでいて追うことができる。そこが大事なところだと思うのだ。もちろんなにからなにまでそんなにはっきりとした成果にはならないというのは理解できる。でもせめて、こういう結果ならこう推論できるとか、その思考過程だけは明確にたどれるようにしてほしいと思う。

生意気言ってすみません。

2010年3月18日木曜日

「若菜」以降と「鈴虫」について

やっと「若菜」上下を読み終えた。けれどもじっくり読むべき所を先を急いで読んだところもけっこうある。いずれもう一度腰を据えて読みたいところ。「柏木」「横笛」も「若菜」に引き続き、大変近代小説的な巻で、おもしろい。おもしろいの一言で片付けてますが、うならされるような件りがいくつもある。

「鈴虫」の巻は、筋はほとんど進まない。「鈴虫」はあとから挿入されたという意見があるそうだけど(『光る源氏の物語(下)』中公文庫、p. 189)、別人の作という説はないのかな。

2010年3月11日木曜日

夕霧の空消息について

「藤袴」の巻、夕霧が源氏の伝言を伝えに玉鬘を訪れるところで、夕霧は空消息《そらせうそこ》というものをする。空消息というのは嘘の伝言のこと。『光る源氏の物語』で、丸谷才一はこのくだりを問題視している。

丸谷 (中略)この嘘は、本来ならば非常に小説的な仕掛であるはずなのに、その嘘の結果が別に何もない。嘘だということがばれもしない。ここが小説の書き方として非常に不思議ですね。この問題は今までの『源氏物語』論でやっていないですね。

大野 そうかも知れない

丸谷 物語の中で嘘をついたら、その嘘はたいていばれるもので、それで何か事が起ることを読者は期待する。それが何も起らない。

(大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語(上)』、中公文庫、p. 396)

小説の理論はたしかにその通りなのだけど、「藤袴」を読んでみると、この夕霧の空消息の件は、僕はおかしくないと思った。というのは、あの空消息というのは、夕霧が源氏の伝言を伝えただけではすぐに終わってしまうので、玉鬘ともっと話したくて作り事をしてまで話を続けているという意味に思われたからだ。

御返、おほどかなる物から、いとめやすく聞こえなし給けはいの、らうらうじくなつかしきにつけても、かの野分のあしたの御朝顔は心にかかりて恋しきを、うたてある筋に思ひし、聞きあきらめてのちは、なほもあらぬ心ち添ひて、この宮仕ひをおほかたにしもおぼし放たじかし、さばかり見どころある御あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はたかならず出で来なんかし、と思に、ただならず胸ふたがる心ちすれど、つれなくすくよかにて、「人に聞かすまじと侍つることを聞こえさせんに、いかが侍べき」とけしきだてば、近くさぶらふ人も、少し退きつつ、御き丁のうしろなどにそばみあへり。

そら消息をつきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給。上の御けしきのただならぬ筋を、さる御心し給へ、などやうの筋なり。……

(「藤袴」、新日本古典文学大系『源氏物語(三)』、p. 92、一部表記を改める。)

夕霧はそれまで玉鬘を妹だと思っていた。ところが実はそうでないことがわかって、にわかに玉鬘のことが気になり出す。それがここに至るまでの背景としてある。源氏の勅使という機会を得て、彼はこれを利用して玉鬘と近づきになれないかと模索する。「つきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給」というのは、それらしい言葉を継いであれこれと丁寧に話すということ、ようするに時間稼ぎである。生真面目な夕霧のやりそうなことじゃないか。だから、この空消息というのはあれこれでっち上げて話を引き延ばしたということで、べつに小説の伏線というわけではないのでは。

大野晋も丸谷才一もなんだか「やり手」っぽいので、ここでの夕霧の心理がうまく思い浮かばなかったのかな。

2010年3月4日木曜日

「夕顔」「末摘花」について

「夕顔」は、小説的な視点でいうと、それまで読んできた巻のなかで一番おもしろかった。「帚木」「空蝉」と合わせ、このあたりは若かった源氏のユーモラスな失敗談となっている。素性の知れない女にぞっこんになり、危険な所へ連れ出したあげく女を死なせてしまって慌てる源氏の姿は、かわいそうではあるんだけど、どこか滑稽だ。すっかりしょげかえってしまう源氏の描写といい、この巻はなかなかふるっている。

とはいえ、こうしたおかしさというものも華々しい貴公子光源氏という概念が前提となってはじめて成り立ちうるものだ。

「末摘花」については実際に読む前から、才女の作者にしては感心しかねる醜女に対する残酷さという面が語られているのを知っていた(大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語』上、中公文庫)。また、『紫式部日記』のほうはすでに読んでたから、そこにある他人への辛辣な批評やら暗く渦巻く内面の吐露やらを思い起こせば、さもありなんという意識も持っていた。

そのうえで、実際に読んでみると、意外にも残酷さというのはそんなにないのではないかという印象がした。不器量で変わり者の末摘花については、作者は容赦がないというよりは、むしろ思い入れがないといったほうが近いように思った。結局、変わり者の擁護をするのは紫式部って人の役じゃないんだよ。(とはいえその後「藤袴」あたりで末摘花は近江の君という人物と並んでひどい歌を詠ませられて作者から徹底的にこき下ろされている。こっちのほうがキツイ。)

「帚木」前半のいわゆる雨夜の品定めの議論から始まって、「空蝉」「夕顔」そしてこの「末摘花」と続く一連の流れでは、源氏の失敗譚が語られる。

空蝉、夕顔、末摘花はそれぞれ「帚木」前半の雨夜の品定めの議論における女の「品」についての上中下に対応していると思われる。

空蝉は品定めの議論では一番とされた「中の品」にあたるが人妻である。源氏ははやって懸想をかけるが、女はかたくなに抵抗し、ついになびくことがなかった。

夕顔は素性も知れない「下の品」の女だったが源氏はこれにぞっこんになる。あげく危険なところに連れ出してそのせいで女を死なせてしまう。

末摘花は、窮しているものの血筋は優れた「上の品」の女である。それが源氏のロマンをかき立てる。しかし対面してみれば器量振る舞いすべてにおいて奇天烈な女であった。

それで、ああやっぱり「品」なんてものじゃ女は語れないんだな、ということを源氏は悟る。大まかに言えばそういう流れになっている。末摘花の一件後、源氏が空蝉のことを思い出すくだりにはこうある。

かの空蝉の、うちとけたりしよひの側目には、いとわろかりしかたちざまなれど、もてなしにかくされてくちをしうはあらざりきかし、劣るべきほどの人なりやは、げに品にもよらぬわざなりけり、心ばせのなだらかにねたげなりしを、負けてやみにしかな、ともののをりごとにはおぼし出づ。

(「末摘花」新日本古典文学大系『源氏物語』一、p. 228)

ところで、よく知らないのだけど、夕顔を憑き殺す物の怪についてこれを葵上同様の、六条御息所の生き霊によるものととる解釈があるのかな。しかしそんなことは「夕顔」のどこにも書いてない(後の巻にあるというのであれば別だけど……)。小説の構成的には、夕顔が死ぬのは源氏がはやって彼女を危険なところに連れて行ったことのしっぺ返しということで十分かたがついている。物の怪か、物の怪ならすわ六条御息所に違いないと飛びつくのは、何にでも無理に意図性を求めようとする悪しき解釈癖だと思う。