2010年3月11日木曜日

夕霧の空消息について

「藤袴」の巻、夕霧が源氏の伝言を伝えに玉鬘を訪れるところで、夕霧は空消息《そらせうそこ》というものをする。空消息というのは嘘の伝言のこと。『光る源氏の物語』で、丸谷才一はこのくだりを問題視している。

丸谷 (中略)この嘘は、本来ならば非常に小説的な仕掛であるはずなのに、その嘘の結果が別に何もない。嘘だということがばれもしない。ここが小説の書き方として非常に不思議ですね。この問題は今までの『源氏物語』論でやっていないですね。

大野 そうかも知れない

丸谷 物語の中で嘘をついたら、その嘘はたいていばれるもので、それで何か事が起ることを読者は期待する。それが何も起らない。

(大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語(上)』、中公文庫、p. 396)

小説の理論はたしかにその通りなのだけど、「藤袴」を読んでみると、この夕霧の空消息の件は、僕はおかしくないと思った。というのは、あの空消息というのは、夕霧が源氏の伝言を伝えただけではすぐに終わってしまうので、玉鬘ともっと話したくて作り事をしてまで話を続けているという意味に思われたからだ。

御返、おほどかなる物から、いとめやすく聞こえなし給けはいの、らうらうじくなつかしきにつけても、かの野分のあしたの御朝顔は心にかかりて恋しきを、うたてある筋に思ひし、聞きあきらめてのちは、なほもあらぬ心ち添ひて、この宮仕ひをおほかたにしもおぼし放たじかし、さばかり見どころある御あはひどもにて、をかしきさまなることのわづらはしき、はたかならず出で来なんかし、と思に、ただならず胸ふたがる心ちすれど、つれなくすくよかにて、「人に聞かすまじと侍つることを聞こえさせんに、いかが侍べき」とけしきだてば、近くさぶらふ人も、少し退きつつ、御き丁のうしろなどにそばみあへり。

そら消息をつきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給。上の御けしきのただならぬ筋を、さる御心し給へ、などやうの筋なり。……

(「藤袴」、新日本古典文学大系『源氏物語(三)』、p. 92、一部表記を改める。)

夕霧はそれまで玉鬘を妹だと思っていた。ところが実はそうでないことがわかって、にわかに玉鬘のことが気になり出す。それがここに至るまでの背景としてある。源氏の勅使という機会を得て、彼はこれを利用して玉鬘と近づきになれないかと模索する。「つきづきしくとりつづけて、こまやかに聞こえ給」というのは、それらしい言葉を継いであれこれと丁寧に話すということ、ようするに時間稼ぎである。生真面目な夕霧のやりそうなことじゃないか。だから、この空消息というのはあれこれでっち上げて話を引き延ばしたということで、べつに小説の伏線というわけではないのでは。

大野晋も丸谷才一もなんだか「やり手」っぽいので、ここでの夕霧の心理がうまく思い浮かばなかったのかな。

0 件のコメント:

コメントを投稿